オリンパスのおもいで
先日、衝撃的なニュースが全国を駆け巡りました。オリンパスの映像事業撤退。TVのニュースになるぐらいですから、カメラ好き、写真好きが集まる自分のタイムラインでも大層な騒ぎになっていました。ただ、衝撃的と先述したものの、自分の中では「来るべきときが来たか」ぐらいの認識で、予想の範疇のうちというか、ショックというものはありませんでした。以前から、ひょっとすると中華企業に光学部門が買われてしまうかもぐらいに考えていたので、VAIOと同じような道をとるのなら、それもまた良いかもと考えています。
オリンパスと僕
ここからは極めて私的な内容になるため、ダラダラと僕とオリンパスについて書く記事を見たくない方には、ブラウザバックをおすすめします。昔の写真については再レタッチで見られるようにしました。
E-PL2
はじめてオリンパスのカメラを手にしたのは2012年、二十代後半の大学生でした。諸事情あって二度目の大学生活を送っていた僕は、確か数カ月後に計画していた海外旅行のために、一眼が欲しくなって買ったのだと思います。機種はE-PL2のダブルズームキット。シャンパンゴールドのボディに黒のレザージャケット。当時はこれがオシャレだと思って、見た目だけで選んだことを記憶しています。今でもオリンパスのボディとレンズが一番かっこいいと思ってます。
このときまで、カメラというものが日常にまったく存在していなかったので、僕にとってカメラは特別な時を記録する、特別な道具という位置づけでした。なので、自ずと残った写真は旅スナップや、当時の彼女(現在の妻)とのデート、イベントなどが主だったものとなりました。
飛行機の窓から撮るショットも、なんかヘタクソで笑えるw
どこだろうねこれは…アムステルダム?
プラハ。この旅行は母と二人で行きました。ということを妻にいうと「お母さんと海外ってすごいよね」と言われるのですが、そんなにおかしいですかね?
どこかの寺院。二枚目はミュシャの作品らしいですね。当時設定も何もわからずに撮っていたのに、思った以上にちゃんと写っているので、オリンパスにはありがとうという気持ちしかないです。
20代のみーな氏
いやはや、全部よく写ってます。振り返ってみて、こんなに写っていたのかと驚きました。8年前のカメラとは思えません。必要にして十分、エントリーグレードとキットレンズ、侮りがたし、です。
この旅イチのお気に入り。今撮っている写真にもちょっと通じるところがあります。
ニコワンで写真を撮る母。
たぶんここからウィーン。
ムジークフェライン(楽友協会)。クラシックファン憧れの地です。
オペラ座?よくわからん。
日本ではぬこの金玉を撮ったり…
祭りに持ち出したり。
ヘタクソでチリチリの陰毛みたいな花火写真を撮ったり…
山に持ち込んだりしました。徳島の剣山です。
同行した友人。このあと結婚できました。よかったね
猫、猫、猫。
当然こういうドヘタクソカットも多数存在します。
直島へデートで行ったときの写真。はじめてお弁当を作ってきてくれたものの、彼女氏、箸を入れ忘れる痛恨のミス。このときのワイの男前ムーブは今も夫婦間の語り草。
嫁さんが初めて作ってくれた弁当の写真とか出てきたからね。そんとき割り箸入れ忘れられたんだけど、手づかみでうまいうまいって食ったんだ。いい男じゃん・・・
— みーな (@meenaphoto) 2020年6月25日
二人でいったルミナリエは雨でした。見返すと、必死に傘が入らないように撮ろうとしてるカットが多かったんですが、今だったら積極的に傘を入れるだろな~。
このあと、大学卒業とともに出かける機会が減り、カメラとも疎遠な関係に。彼女とは大阪⇔愛媛の遠距離に。
E-M5MarkⅡ
卒後1~2年ほど経って、E-M5MarkⅡを購入。これは買った動機がいまいち思い出しにくいんですが、確か散財したくて買ったんだと思ってます。疲れてたのかな?E-PL2ではキットレンズしか持っていなかったので、ぶっちゃけ別にマウント変えてもよかったはずなんですが、ここでもオリンパスを選んだ自分。多分他のメーカー見るのが面倒くさかったのと、見た目が良かったからだと思います。あ、あとファインダーがほしかった。ファインダー覗いてるとプロっぽいので。
E-PL2時代に意識していなかった、各オートモードの使いこなしを意識し始めたのもこのとき。レンズは基本的にキットの14-150mmと25mm f1.8だったはず。途中からZD12-60mm f2.8-4が加入しました。
なんかの祝いで実家でちらし寿司パーティーが行われたときのもの。亡くなった祖父母が写った写真が出てきて、涙しました。
露光間ズームをやってみようとして爆死するなど。
6年ほど付き合った彼女と無事ケコーンしました。
よう写るわい…
嫁ぴ撮影。
たまに嫁さんにカメラもたせると、自分とは全然違う写真撮ってくれるので楽しいです。
機窓からの写真も、ちょっとうまくなったw
何もしてないのにセンサーがぶっ壊れました。修理に出したあと、手放すことに。主な理由はセンサーではなく、グリップの悪さ。やっぱりE-M1系のグリップの良さが気になってしまいました。外付けグリップも買ったのですが、結局しっくりこずE-M1MarkⅡを買うことになりました。
このカメラを使い始めて、カメラを単に記録するための道具ではなく、作品を作るためのものとして認識し始めたのではないかと思います。
E-M1MarkⅡ
2018年末、現在保有しているE-M1MarkⅡに買い替えました。このころはNikonのフルサイズ機D800との併用体制に入っていました。E-M5MarkⅡ時代で、カメラとの距離が縮まった僕は、さらにE-M1MarkⅡでその距離を縮めて行きます。どこへ出かけるにもカメラを持ち歩くようになり、特に街でのスナップとアウトドアフィールドへ持ち出すことが多くなりました。
そして2019年に第一子の誕生というビッグイベントがあり、カメラは道具から友達になりました。
おわりに
ひたすら駄文と写真を垂れ流すだけで大変申し訳無い気持ちですが、やってよかったと思います。昔の写真を見返したときの溢れ出る感情。残していなければ思い出せなかった気持ち。あったことすら忘れていた出来事。オリンパスのカメラで残していた写真は、それらを鮮明に蘇らせてくれました。
記録から表現へ、道具から友へ。オリンパスのカメラは、僕にカメラという機械との付き合い方を教えてくれました。これからオリンパスのカメラブランドがどのように続いていくのか、一般人の自分には見当も付きませんが、もうしばらくはオリンパスユーザーです。オリンパスさん、お疲れ様でした。ありがとう。